<< オーガニック野菜とラグソース 表参道♫ >>

地球ちっちゃいな、プロジェクト。

d0041050_2365358.jpg


今日は、お仕事のお仲間と忘年会でした。

人形町にある「菜々くら」という小料理屋さん。
今お仕事でお世話になっているエッセーストの大前伶子さんが、
銀座の歌舞伎座の直ぐ隣で季節料理のお店をやってらした時の板前さんがやっていらっしゃるお店。
元々は、NYのマンハッタンでお店をやってらしたご縁でのことだそうです。

仕事の打ち合わせの合間に、ふと、伶子さんが
「○○さん、どうしたのかしら、お電話なんて?」とつぶやいて。

私が「新潟の方?」
「あら、そうよ。わかる?栃尾だとかいってらしたけど」とお返事が。

その名前は、とても珍しいのです。
母の旧姓。母の里にしかない名前です。

「もう、それは、少しくらい血がつながっているわ、きっと」とわたしも半分ふざけて。

その話がもとで、忘年会は、そこで、ということに。

母に、あらかじめ実家の屋号などを聞いて、本日の夜会へ。

でも、なんだか、こういうのって、何となく分かる物ですよね。
きっと、何処かでつながっている人だって。

年頃も、きっと母の弟くらいだろうから、少しは知っているだろうな、と。

栃尾の○○町、というと、ちょうど東京の中野区出身です、と言っている感じ。
母は、「広いからね、どうかな」と言っていましたが、
ばっちりヒット。
同じ町内。おじさんの同級生でした。
叔父は、身内の私が言うのもなんですが、
すらりと背が高く、優しくて、聡明な、いわゆるイケメンです。

同級生なら、覚えているはずかな、と。
そして、どうしているのかな、と思っているかもしれないと。

母の実家の辺りで、叔父の卒業式の前夜に、土砂崩れがありました。
その頃はもう、看護学校の寮にいた母は、それで、まだ実家にいた実母と、弟、妹をなくしました。

次の日が卒業式だった叔父は、準備の為に祖母の部屋で寝ていて助かったのだそうです。

菜々くらの大将は、板前さんになる為に学校を卒業して東京へ。
お家で不幸があった為に、新潟に残らずに東京へ行くことになったそうです。

母は、その土砂崩れの次の日に、新潟の看護学校から、警視庁に勤めていた叔父のつてで
東京の警察病院へ移ることになっており、荷物をまとめ、今まで母親からもらった手紙を
「又、東京にいってからも、もらえるから」と捨ててしまっていた所でした。
ですが、結局母は、そのまま新潟の病院に残ることになり。

行くつもりだった人が行かず、行くつもりではなかった人がいった東京で
こんな何十年も経ってから、それもNY経由で巡り会い。

静かに「彼は、どうしていますか?」と聞かれ
きちんと仕事をして、定年をして、子供が3人いて、もう孫もいて、
「今は、奥さんの看病で忙しいですが、元気にしていますよ。」と伝えました。

同郷の人に偶然合うことは珍しくありません。

ですが、そこに、考え深いストーリーがあるときは、
何か、きっと意味があるのだろうな、と思います。

大将のお料理、びっくりするくらい
懐かしい様な、でも、何時も食べている味でした。
[PR]
by hana20031997 | 2013-12-13 23:43 | ふと思う
<< オーガニック野菜とラグソース 表参道♫ >>