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そろそろ、お別れです。

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東京からNYに引っ越したのが、もう5年前。
そこから、North Carolina のCharlotteに引っ越して来たのが,昨年の7月。
あっという間の9ヶ月でした。
灼熱の夏と、夏の様な秋と、余寒なかった冬を終えて、初夏の様な春を迎えた所で
又お引っ越しの荷造りをしています。

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この街は、金融関係の会社が多く、(Bank of Americaの本社があります)
金融ではNYに次いで全米で2番目の都市になるのだそうです。
比較的、経済的に恵まれた人が多く、全体的に中流家庭が多いイメージで
人も、お天気ものんびりとした、荒々しい所のない
ゆったり,と言う言葉がぴったりの土地です。
それが『老後住みたい町ナンバーワン』と言われる所以でしょうか。

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他の都市に比べ、まだオールドスタイルな面も多く
学業面でものんびりと,昔ながらのカリキュラムなので
やや,その点に不満を持つ人もいます。
その為か、私立の学校も街の中には多く、
沢山学校があります。

公立の中学校は、一学年500人くらいいる所も珍しくなく
そういえば,一人っ子はとても珍しく
近所のお宅は、だいたい2〜3人のお子さんがいます。

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街に一つ大学があり、その関係でオーケストラのコンサートは毎週開かれています。
もともと、アメリカは、大学受験に必要な『特技』として、
何かしらの楽器を習っているお子さんが多く、学校のバンドに所属したり、
街のオーケストラに所属出来ればなおよし、と言う感じで
日本のコツコツ詰めて勉強をする大学受験とはかなり準備の仕方が違います。
それはそれで,アメリカの『受験準備』は長い期間をかけている,と言うことになります。

裏の家のご主人は、「家の子は、バレーボールで大学に行って欲しい.出来たら奨学金をもらって欲しい。だから、個人のコーチをつけているんだ」と言っていました。
その後ろで、バシーっ!バシーっ!とアタックを打つ音が聞こえていました。

日本人がしている考え間違いの一つに、
『アメリカでは、実力があれば夢が叶う』というものがあります。
アメリカは、日本よりももっと、もっと、学歴主義です。
良い大学に行くのには、とてもお金がかかり、
貧困から抜け出すのにはどこかで誰かが無理をして、お金を捻出しなければ行けません。

私の印象では、大卒、大学院卒、博士課程、それぞれが、日本のものより、資格的な意味合いが強く
それを取るのに、年齢やリミットは余関係無いようにも思えます。

娘に英語を教えてくれていたEmmanuelは、
とても穏やかで、真面目で優しく、時間にきちんとしていて、
とても日本が好きです。
いつか、日本で英語を教えたい、世界の色んな所を廻りたい、
その為に色んなスキルを身につけたい、より良い仕事につきたい、
と、楽しそうに話してくれます。
彼は、大学に行く為にまず、軍に入って入学金を作り、
それから、奨学金を借りて、その上にいくつかのバイトを掛け持ちしながら勉強を続けています。
そういう学生が、大学に沢山いるので、そんなに苦に思った事はない、と言っていました。


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写真は、以前乗せた、Wing Heavenのものです。
最後に、と先週いってきました。
初めて行ったのが、昨年の秋。
そこで、ボランティアをしていたDora Leeに出会いました。
ハグの暖かい、とても活発なおばあちゃま。
もうすぐ80とは思えないアクティブさで、
カメラも、メールもこなし、今日はここ、明日はここ、と予定が一杯で。
5月に、自分の庭で、友達に着物を着せてパーティーをするのだ、と楽しそうに話してくれました。
手伝って欲しかったなあ、と。
長生きしてね、本当に、長生きしてね。

一緒に色んな所に行った友人は、14歳の時からアメリカに住んでいる韓国人のピアニストさん。
私と同じタイミングでアトランタから引っ越してきて、娘の学校の関係で知り合いました。
凛とした所のある、気持ちのよい人です。
一緒にいて、嫌な気分になった事は一度もありませんでした。
敬虔なクリスチャンの良き行いというものは、こんなにスマートなものなのか、と
彼女の方が年下なのに、教えられる事がとても多かったです。
短い期間でしたが、一緒に色んな所に行きました。
彼女から貰ったお別れの手紙に
『この年になってから、友達を作るのはみんな難しいと言うけれど、
私は40を過ぎてから親友を作ることができて、幸せです』と書かれていて、
とても嬉しかったです。

私も手紙にも同じ事を書いていました。
そんな話は、お互い一度もした事はありませんでした。

ずっと忙しくしていた彼女は、
ちょうど私と出会った辺りで少し家族との時間を増やしたのだそうです。
それ迄は、一日12時間はピアノに向かって練習を続け博士課程のコースをうけていたと。
食事も食べられればいい、くらいで、買って来たり、食べに行ったり。
それが、毎日食材を選び、違うメニューをテーブルに並べ、娘と一緒に料理をして。
ここに来てから、子供といられる時間ももう余長くないのだから、
それを楽しむのも今の私には必要なのかな、と思うようになった。
家族には、とても変わった、と言われるけれど、
みんなオヤツや夕食が豪華になったと言って、喜んでいる。

でも、そろそろ、チェンジする時期になったかな。
秋から、大学のホールで働くのだそうです。
家族との時間も大事に出来る様な、フレキシブルな仕事とのこと。

私も、帰国したら又働くわ、と言うと、
『一緒にお休みしてたのね。楽しかったわ。リフレッシュできた』と


又、合いましょうね。これでさよならではないと信じているので、泣きはしないわよ、
と言って分かれました。
でも、分かっています。
私が泣くのは、きっといつもの様なお天気がよく、気持ちの良い日に、
『ねえ、出掛けない?』と声を掛けそうになった時でしょう。

楽しい報告が出来るように、私もお休みは終わりにしようと思います。

シャーロットは私の休憩の場所でした。

離れがたい、と思える場所が又一つ出来て
私は、幸せなのだと思います。
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by hana20031997 | 2012-04-02 12:09 | Charlotte